天孫降臨
掛巻も畏き猿田彦大神の宇豆の広前に恐み恐みも白さく
高天原に神留座す皇親神漏岐神漏美の命以て、天の高市に八百万の神等を神集へに集へ給ひ、神議りに議り給ひて
吾皇孫の命を豊葦原の水穂の国を平安国と平けく所知食せと、天の磐座押放ち、天の八重雲を伊豆の道別に道別て天降り依し奉りし時
天の八衢から五十鈴川へ
天の八衢に立迎へ座す神、鼻の長さ七尺、背の長さ七尋余、亦口隠れ明り、眼は八咫鏡の如く光り輝くこと赤酸醤に似たり
天の神の皇御孫を迎へ奉り、旦相待ち、朝日の向ふ夕日の照す日向の高千穂の櫛触の嶽に導き給ひて
遂に伊勢の狭長田五十鈴の川上に鎮座し
導きと守り
皇御孫の命を導き守り給ひて、天下四方の国安く穏に
某が家内より起る騒擾無く、外より来る災無く、夜の守り日の守りに平けく安けく幸へ給へと
乞祷白す事を聞し食せと恐み恐みも白す
現代語訳天孫降臨
意訳を含みます
畏れ多い猿田彦大神の御前に、謹んで申し上げます。高天原の祖神たちの命により、数多くの神々が集い相談し、皇孫に豊葦原の瑞穂の国を穏やかに治めるよう託して、天からお降しになりました。
注記
この祝詞は1891年刊本に見える近代の詞章です。冒頭の天孫降臨叙述を、記紀の本文と同一の古代祝詞とは扱いません。
意訳を含みます
その時、天の八衢に立って迎えた神は、長い鼻と大きな背丈をもち、口元と目が強く輝く姿であったと称えられます。猿田彦大神は皇孫を迎え、日向の高千穂の櫛触岳まで導き、のちに伊勢の狭長田、五十鈴川の川上に鎮まったと述べます。
注記
「赤酸醤」の比喩は底本の古い表現を原文に残し、訳では色と輝きの細部を断定していません。
意訳を含みます
皇孫を導いたように国々を穏やかに守り、この家の内から騒ぎが起こらず、外から災いが来ることもなく、夜も昼も平安で幸いであるようにという願いをお聞き届けください。
注記
「某」は奏上する家・人に応じて読み替える箇所です。
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